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1980年代前半
1979年、F1がテレビ放映権料収入により巨大ビジネス化する中でFISA(国際自動車スポーツ連盟)が発足されてほどなく、開催地およびレギュレーションに関してFOCAと衝突。 コンストラクターもFOCA陣営(DFVエンジン勢)FISA陣営(ターボエンジン勢)とに分かれて両者の関係はFOCAがレースをボイコットしてシリーズ離脱の脅威を示すほどに悪化、一時は選手権分裂が危ぶまれましたが、1981年に和解し、コンコルド協定が結ばれ、 FISAが統轄面、FOCAが商業面を分担する体制を確立しました。以後コンコルド協定は「F1界の法典」として機能してはいますが、収入の分配や参戦資格などをめぐり様々な論争を起こしています。
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このFISA・FOCAの分裂騒動ではグラウンド・エフェクト・カーの危険性が争点のひとつとなり、1982年にジル・ヴィルヌーブをはじめ重大な死傷事故が相次いだことから1983年より「フロントタイヤの後端からリアタイヤの前端までの車体底面は平面でなければならない」とするフラットボトム規定が施行され、グラウンド・エフェクト・カーは姿を消します。
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